読書

プリーストリー『夜の来訪者』岩波文庫

John Boynston Priestley, An Inspector Calls (1945). とにかく、ぼくたちはまっとうな市民で、犯罪者じゃないんですからね。 岩波文庫版の解説によると、作者のジョン・ボイントン・プリーストリー(1894〜1984)は、イギリスのジャーナリスト・小説家・劇…

尾崎翠『第七官界彷徨』河出文庫

よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである。 川村湊『日本の異端文学』でその名を初めて知って以来、尾崎翠はどことなく気になる作家だった。今回、河出…

ゴンクウル兄弟『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』岩波文庫

表題は『ジェルミニィ・ラセルトゥウ』だが、本の中では「ヂェルミニィ」となっている。この表記の仕方に時代を感じる。岩波文庫版は昭和25年の刊行。今は『ジェルミニー・ラセルトゥ』の表記が一般的だ。「ゴンクウル兄弟」も、今は「ゴンクール兄弟」と書…

ゾラ『テレーズ・ラカン』講談社文庫

パク・チャヌク『渇き』の下敷きとなったゾラの『テレーズ・ラカン』を読み直した。 アルジェリアで、フランス人の軍人と現地の女との間に生まれたテレーズは、幼くして叔母のラカン夫人に引き取られ、夫人のひとり息子で病弱なカミーユと一緒に育てられる。…

グリンメルスハウゼン『阿呆物語』岩波文庫

今春の岩波文庫リクエスト復刊で、一番楽しみにしていた『阿呆物語』を読了。全六巻で構成されており、岩波文庫版で上中下三巻にわたる長編だが、最後まで飽きることなく読めた。 三十年戦争(1618〜1648)の真っ只中のドイツを舞台とした小説なので、兵士の…

長山靖生『人はなぜ歴史を偽造するのか』光文社知恵の森文庫

この本の前半部分では、偽史に取り憑かれてしまった人たちのエピソードが紹介されているが、これが実に面白い。いくつか紹介してみる。 江戸初期、偽系図作りを商売としていた沢田源内。彼は架空の系図をでっち上げるだけでは飽き足らず、歴史にも手を出し、…

岡田暁生『音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉』中公新書

自由闊達に語り合えれば合えるほど、やはり音楽は楽しい。聴く喜びはかなりの程度で、語り合える喜びに比例する。音楽の楽しみは聴くことだけではない。「聴くこと」と「語り合うこと」とが一体になってこそ音楽の喜びは生まれるのだ。 われわれは、音楽は感…

国枝史郎『神州纐纈城』河出文庫

川村湊の『日本の異端文学』(集英社新書)によれば、国枝史郎(1887〜1943)は、忘却と復活を繰り返してきた作家だという。国枝史郎は、1943年の死後、しばらくの間忘れられた存在になっていたが、1968年に桃源社から『神州纐纈城』が出版され、1976年には…

コンラッド『密偵』岩波文庫

コンラッド(1857〜1924)の代表作のひとつで、1894年に起きたグリニッジ天文台爆破事件に着想を得た一種のテロ小説。しかし、『密偵』というタイトルから、スパイが縦横無尽に活躍する作品を期待すると裏切られる。副題に「ある単純な物語」とあるように、…

山城新伍『現代・河原乞食考』解放出版社

『おこりんぼ さびしんぼ』が面白かったので、山城新伍の本をもう一冊読んでみた。 在日コリアンの部落と被差別部落に囲まれた、京都西陣の小さな医院の息子として生まれた山城新伍は、子供の頃、差別的な言葉を使ったり、そのような態度をとるたびに、父親…

ストリンドベリ『痴人の告白』(1888)

(『講談社 世界文学全集24』所収) 1877年、ストリンドベリは、元ウランゲル男爵夫人であるシリ・フォン・エッセンと結婚する。一時は作家であることをほとんど断念していたストリンドベリであるが、この結婚によって生活も落ち着き、再び創作活動へと向か…

アナトール・フランス『舞姫タイス』白水Uブックス

【あらすじ】 アンティノエの修道院長パフニュスは、放蕩生活を送っていた若い頃に心惹かれた舞姫タイスを改宗させようと、アレクサンドリアへと向かう。パフニュスは、タイスに存在によって多くの人が堕落させられていると考えたのだ。幼い頃、家にいた黒人…

松本仁一『アフリカ・レポート 壊れる国、生きる人々』岩波新書

『インビクタス』を観てアフリカの現在が気になり、この本を手に取ってみた。 私が子供の頃、テレビはアフリカの飢餓についてたびたび伝えていたように思う。栄養失調で腹部だけが飛び出た子供の映像はかなりショッキングだった。子供心にも、日本のような国…

ストリンドベリ『夢の劇』(1901)

(『講談社 世界文学全集58』所収) 人生これ反復…あの教師を見ろ…昨日は博士となり月桂冠を授かり礼砲を受けてパルナッソスに至り、王さまの抱擁まで受けた…それで今日はまた学校で同じ質問の繰り返し、二掛ける二はいくつ?死ぬまでそれを続けるだろう…さ…

ストリンドベリ『強者』『母の愛』『火あそび』

(『講談社 世界文学全集58』所収) 『強者』(1888〜89) 一幕劇。登場人物はX夫人とY嬢の二人だが、X夫人が一方的にしゃべり続け、Y嬢はそれを黙って聞くだけという一種のモノローグ劇になっている。 【あらすじ】 Y嬢はX夫人の夫のかつての愛人。ひとりの…

ストリンドベリ『令嬢ジュリー』(1888)

(『講談社 世界文学全集58』所収) 登場人物は三人。伯爵令嬢のジュリー(25歳)と下男のジャン(三十歳)、そしてジャンの許嫁で料理女のクリスティン(35歳)。 【あらすじ】 夏至祭の夜、ジュリーは下男のジャンをダンスに誘う。ジャンが人目を気にして…

渡辺一夫『狂気について 他二十二篇』岩波文庫

フランス文学者渡辺一夫(1901〜1975)の評論選。 今月下旬に発売される岩波文庫のリクエスト復刊の対象になっているが、たまたま立ち寄った古本屋で見つけたので購入した。 何箇所か引用してみる。 健全で正気な生活を送っているつもりの我々が、感動とか感…

春日太一『天才 勝新太郎』文春新書

山城新伍『おこりんぼ、さびしんぼ』とセットで購入した本。 勝新太郎に魅せられた著者が、これまであまり知られていなかった監督、製作者としての勝新太郎の実像に迫った労作である。この本は、著者自ら聞き出した勝の元スタッフたちの証言をベースに構成さ…

山城新伍『おこりんぼ さびしんぼ』廣済堂文庫

若山富三郎、勝新太郎兄弟の生き様を、彼らの身近にいた山城新伍が様々なエピソードをちりばめて語った本。日本の映画・芸能の貴重な裏面史であり、鶴田浩二や、若い頃の菅原文太、高倉健など登場人物も豪華だ。山城新伍の語り口は、芸能に一生を捧げた若山…

アナトール・フランス『シルヴェストル・ボナールの罪』岩波文庫

原題は、Le crime de Sylvestre Bonnard, membre de l'Institut(学士院会員シルヴェストル・ボナールの罪)で、1881年に出版された。学士院とは1795年に設立された国立の学術団体で、科学・芸術の振興および歴史的遺産の管理を目的としている。主人公のシル…

イヴァシュキェヴィッチ『尼僧ヨアンナ』岩波文庫

ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ(1894〜1980)は、ウクライナ出身のポーランド人作家。『尼僧ヨアンナ(原題は「尼僧長天使たちのヨアンナ」)』は1943年、ナチス占領下のワルシャワで執筆され、1946年に出版された中短編集の中で発表された。世界的に…

ウィルキー・コリンズ『夢の女・恐怖のベッド―他六篇』岩波文庫

ウィルキー・コリンズ(1824〜89)は、19世紀イギリスの作家でディケンズの同時代人。妹はディケンズ夫人となる。推理小説の分野では鼻祖的な存在。 ウィルキー・コリンズはずっと気になっていた作家だ。古本屋でこの短編集を見つけたので早速読んでみた。 …

ジャン=マリ・カルバス『死刑制度の歴史(新版)』白水社 文庫クセジュ

数日前の新聞に、死刑制度を容認する声が全体の85%超で過去最高となったという記事が出ていた。 http://www.asahi.com/national/update/0206/TKY201002060263.html死刑制度に対する意識を探る内閣府の昨年の世論調査で、死刑を「やむを得ない」と容認する人…

ウージェーヌ・シュー『さまよえるユダヤ人』上下巻 角川文庫

作者は19世紀フランスの小説家ウージェーヌ・シュー(1804〜1857)。バルザックの同時代人である。日本はもとより、本国フランスでも今ではほとんど読まれない作家だが、19世紀フランス文学、とりわけフランスの大衆小説の歴史を語る上では非常に重要な存在…

門谷建蔵『岩波文庫の赤帯を読む』

岩波文庫の赤帯(外国文学)ばかり900作品を読んだ著者の読書記録。読書開始は1996年1月で完了は1997年4月とあるから、1ヶ月あたりおよそ56作品をこなしていることになる。ただし、著者は全ての作品を隅から隅まで読んでいるわけではなく、途中で投げ出した…

バルザック『ゴプセック・毬打つ猫の店』岩波文庫

1830年刊行の『人間生活情景』に収められた六つの中編小説のうちの二編。どちらも面白かったが、個人的には『ゴプセック』のほうが好み。 『ゴプセック』は代訴人デルヴィルがグランリュウ子爵夫人に話をするという形で、物語が進行していく。そこで中心的に…

管賀江留郎『戦前の少年犯罪』

最近読んだ本ではないのだが、この本の著者が出ている動画を見つけたのでひとこと。http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=749711 この本は、今であれば新聞の一面を飾るような少年犯罪事件が、戦前には日常茶飯事のように起こっていたことを膨大な新聞記事…

ミシェル・ジュリ『不安定な時間』

久しぶりにSF作品を読む。フランスのSF作家ミシェル・ジュリの1973年の作品で、同年にフランスSF最優秀作品賞を受賞したらしい。日本語訳は1980年にサンリオSF文庫から出た。 だが、もっと悪いことがあった。鏡のなかでは、見知らぬ顔がかれの顔と重なり合っ…