ストリンドベリ『令嬢ジュリー』(1888)

(『講談社 世界文学全集58』所収)


 登場人物は三人。伯爵令嬢のジュリー(25歳)と下男のジャン(三十歳)、そしてジャンの許嫁で料理女のクリスティン(35歳)。


【あらすじ】
 夏至祭の夜、ジュリーは下男のジャンをダンスに誘う。ジャンが人目を気にして躊躇すると、祭の日に身分の上下はないと言って強引に従わせ、クリスティンが居眠りをしている間に、ジャンを少しずつ誘惑し始める。ジャンは、子供のときジュリーに恋をしたが、「お嬢さまは、わたしが生まれた環境から抜け出ることがどんなに絶望的かということを示すシンボルだった」と打ち明け、自分はクリスティンに責任もあるのだから、人目につかないうちに休みに行くようにとジュリーに言う。
 そこへ召使たちが歌いながらやって来る気配がする。ジャンとジュリーは、あわててジャンの部屋に隠れる。やがて召使いたちがいなくなると、二人は部屋から出てくる。ここからジャンの様子が変わり始める。自分を抱いて欲しいと言うジュリーに、ジャンは愛しているとは言うが、館の中ではジュリーを抱くことはできないと言う。ジャンは、館にいる限り二人のへだたりは埋まらないとし、館を出て事業を始める計画を話すが、金がないということで、話はしぼんでしまう。やがて、ジュリーは、自分の母親は貴族ではないと打ち明け、家族の秘密を話し始める。話し終えたジュリーは、自分がどうしたらよいのか分からなくなり、ジャンに助けを求めるが、彼はひとりで館を出て行くよう、冷たく言い放つ。
 ジュリーは旅の用意を整えるが、出発する決心がつかず、ますます混乱し始める。そんなジュリーに対して、ジャンはさらに強く出る。ジュリーがどうしたらよいかと尋ねると、ジャンはかみそりナイフを使って死ぬことを暗に示す。そこへ伯爵からの呼び鈴が鳴る。ジャンは、ジュリーにナイフを持たせ、「明るいうちにお行きなさい、納屋へね」と言う。ジュリーがドアから出て行ったところで幕となる。


 ストリンドベリの代表作のひとつ。日本では、大正時代にストリンドベリがはやったことがあり全集もそのときに出た。戦後は、名作集が出たり、文学全集に収められたりもしたが、同じ北欧の劇作家イプセンと比べると、その扱いの差は歴然たるものがある。今では、ストリンドベリの作品は新刊では手に入らなくなっている(ちなみに2005年に『令嬢ジュリー』の新訳が出ているが、訳者は元駐スウェーデン大使らしい)。
 前々からストリンドベリの作品を読んでみたいと思っていたところ、講談社文学全集のストリンドベリイプセンの巻を手に入れることができた。とりあえず『令嬢ジュリー』を読んでみたのだが予想以上に面白い。主人/召使の組み合わせが出てくる劇作品は、掃いて捨てるほどあるが、『令嬢ジュリー』はこの種の作品の中でも、トップクラスの出来ではないだろうか。
 ちなみに『令嬢ジュリー』は、オペラ化されていて、作曲はフィリップ・ブスマンス、脚本はリュック・ボンディとMarie-Louise Bischofberger(この人のことはよく知らない)が担当。2005年、モネ劇場で、L・ボンディの演出で上演された。ブスマンスとボンディのコンビだと、去年パリで、Yvonne, princesse de Bourgogne(原作はゴンブローヴィッチの戯曲)を見たのだが、これがなかなか面白かった。柳の下のドジョウを狙って、オペラ版『令嬢ジュリー』も見てみたいのだが、日本での引越し公演なんてまずなさそう。万が一あったとしても、チケットはどうせ高いだろう。DVDが出ているので、こちらで楽しむか。