ミシェル・ジュリ『不安定な時間』

 久しぶりにSF作品を読む。フランスのSF作家ミシェル・ジュリの1973年の作品で、同年にフランスSF最優秀作品賞を受賞したらしい。日本語訳は1980年にサンリオSF文庫から出た。

だが、もっと悪いことがあった。鏡のなかでは、見知らぬ顔がかれの顔と重なり合っていたのだ。そして、その二つの顔はひとつに溶け合って、第三の顔を形づくった。幻覚症状か、二重人格か、それとも脳障害なのか?かなりおそろしい徴候ではあったが、ダニエルは、病んだ世界のなかで健康でいるよりも、健康な世界のなかで病人でいるほうがいいと思った。

 内容はタイムスリップ物。時間溶解剤を飲んだロベールが「不確定界」へと旅立ち、1966年の世界にいるダニエルという男に乗り移るところから物語は始まる。話はダニエルの視点から語られるのだが、面白いのは、このダニエルがロベールの人格の乗り移ったダニエルなのか、それともダニエル自身なのか、はたまた物語の途中から姿を現す船乗りレナートなのかが曖昧なところ。また、自動車事故が毎回同じような状況で繰り返されるうちに、徐々にダニエルの身に起きたことが明らかになっていくという展開も良い。SF特有のガジェット的な面白さや、驚くような世界観があるわけではないが、なかなか楽しく読めた一冊だった。
 ちなみに、日本語訳は鈴木晶先生の手によるもの。ある時までバレエがご専門だと思っていたら、自分がかつて読んでいたコリン・ウィルソンの作品の翻訳も手がけていたことを知って驚いた覚えがある。『不安定な時間』の訳者紹介では、専門分野が神秘思想、世紀末文学になっている。

不安定な時間 (1980年) (サンリオSF文庫)

不安定な時間 (1980年) (サンリオSF文庫)