グリンメルスハウゼン『阿呆物語』岩波文庫

 今春の岩波文庫リクエスト復刊で、一番楽しみにしていた『阿呆物語』を読了。全六巻で構成されており、岩波文庫版で上中下三巻にわたる長編だが、最後まで飽きることなく読めた。
 三十年戦争(1618〜1648)の真っ只中のドイツを舞台とした小説なので、兵士の農民に対する残虐行為など、けっこうエグイ描写もある。しかし、全体的には、滑稽物語的な調子で語られていくので、面白おかしく読むことができる。
 スペインの悪漢小説の影響のもとに書かれており、純真無垢な主人公・ジムプリチウスが、両親と生き別れ、やがて兵士として成り上がっていくなかで、欲にまみれて悪事に手を染め、精神的に堕落していくという、この種のジャンルの典型ともいえる筋立てとなっている。しかし、最終的に、ジムプリチウスは隠者として心の平穏を見つけ、孤島で自給自足の生活を送る。この結末は、ヴォルテールの『カンディード』を思い起こさせ、なかなか感動的だ。ちなみに、途中で主人公の実の両親が貴族であると判明するという、貴種流離譚的な構成にもなっている。
 また、主人公がドイツを飛び出し、ロシア、日本を通ってマカオからエジプト、トルコを経てヴェニスにたどり着くところなどは、当時のヨーロッパの地理的関心を反映しているようで興味深い。さらには、幽霊に遭遇する話や、水の精に導かれて、地球の内部を巡る話など、怪奇・幻想的な話も含まれている。この小説の元ネタを色々と調べたら面白そうだが、そんな研究はドイツではすでにされているだろう。
 あと、第六巻で、主人公がトイレット・ペーパー(!)と対話する珍場面があるのだが、17世紀にトイレット・ペーパーが存在していたとは驚きだ。紙は今よりずっと高価だったはずだから、それほど一般的ではなかったと思うのだが、当時のトイレ事情(?)はいったいどうなっていたのだろうか。
 『阿呆物語』は、「ドイツ・バロック期の最高傑作」とか、「ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』を予言している」とか言われている作品で、文学史的にも重要な位置を占めているのだが、この度の復刊で気軽に読めるようになったことを喜びたい。

阿呆物語 上 (岩波文庫 赤 403-1)

阿呆物語 上 (岩波文庫 赤 403-1)

阿呆物語 中 (岩波文庫 赤 403-2)

阿呆物語 中 (岩波文庫 赤 403-2)

阿呆物語 下 (岩波文庫 赤 403-3)

阿呆物語 下 (岩波文庫 赤 403-3)