プリーストリー『夜の来訪者』岩波文庫

John Boynston Priestley, An Inspector Calls (1945).

とにかく、ぼくたちはまっとうな市民で、犯罪者じゃないんですからね。

 岩波文庫版の解説によると、作者のジョン・ボイントン・プリーストリー(1894〜1984)は、イギリスのジャーナリスト・小説家・劇作家・批評家で、人気ラジオ番組を持っていたこともあるという。また、1942年に社会福祉党という政党を仲間とともに立ち上げており(のちに労働党と合併)、いわゆる左寄りの政治信条の持ち主だったようだ。
 『夜の来訪者』は三幕劇で、ステレオタイプ化されたブルジョワ家庭の食事風景から始まる。裕福な工場経営者のバーリング氏とその妻、ふたりの子供のシーラとエリック、そしてシーラの婚約者で、バーリング氏の同業者の息子ジェラルド・クロフトがいる。彼らは何一つ不自由はなく、満ち足りた生活を送っているようにみえる。
 この一家団欒の席に、警部を名乗る男が現れ、エヴァ・スミスという女性が消毒剤を飲んでむごたらしい自殺を遂げたことを伝える。そして、この不幸な女性について聞き取り調査をしていく過程で、家族の秘密が暴露されていく。彼らは全員、エヴァ・スミスの自殺とは無関係ではなかった…。
 内容的にはとてもわかりやすい作品。小難しいせりふもなく、さくさくと読んでいける。最後のどんでん返しも何となく想像がつく。でも、だからといってつまらない作品では全くない。この戯曲が提示する問題は、普遍的で深刻なものだ。単なるブルジョワ批判の作品ではなく、社会のなかで生きるとはどういうことかを追求した作品だと思う。誰もが警部の訪問を受ける可能性はあるのだ。

夜の来訪者 (岩波文庫 赤294-1)

夜の来訪者 (岩波文庫 赤294-1)