ウージェーヌ・シュー『さまよえるユダヤ人』上下巻 角川文庫

 作者は19世紀フランスの小説家ウージェーヌ・シュー(1804〜1857)。バルザックの同時代人である。日本はもとより、本国フランスでも今ではほとんど読まれない作家だが、19世紀フランス文学、とりわけフランスの大衆小説の歴史を語る上では非常に重要な存在だ。代表作は『パリの秘密』(1842〜43)と、ここで取り上げる『さまよえるユダヤ人』(1844〜45)で、いずれも新聞連載小説として発表された。シューおよび『パリの秘密』については、小倉孝誠『「パリの秘密」の社会史』という研究書が出ていて参考になる。
 『さまよえるユダヤ人』の翻訳は1951年に出版され、1989年に復刊された。同書の解説には書かれていないが、抄訳である。

 1830年代のパリを中心に物語は展開する。17世紀のフランスの富豪マリユス・ド・レーヌポンの子孫は世界各地に散らばり、その境遇も様々だが、みな謎のメダルを身につけているという共通点がある。そのメダルには、1832年2月13日にパリのサン=フランソワ通り三番地に集まるようにとだけ記されている。レーヌポン一族は、メッセージに従いパリを目指すが、この動きを阻止しようとする集団があった。イエズス会である(翻訳ではエスイタ会となっている)。イエズス会は、レーヌポンの子孫の動きを絶えず監視しており、彼らがパリに集まらないようにするためならどんな手段も辞さない。メダルに刻まれた日に何が起こるのか、イエズス会の目的は何なのか、イエズス会の妨害をかいくぐって、レーヌポン一族は約束の場所にたどり着けるのか、というのがこの話の主題である。
 都合の良すぎる展開や、過度の感傷癖など、現代の読者からすると鼻白む箇所が多々あるが、続きが気になる小説ではある。新聞連載小説だっただけに、読者の興味を引っ張っていく手管は巧みだ。連載当時、この小説を読みたくて新聞を購読する人が大量にいたという。ただ、日本の週刊誌連載漫画などもそうだが、連載が長く続くと途中からだれてきやすい。この抄訳も、イエズス会の陰謀の謎が明らかになるあたりまでは、わりと面白く読めたが、それ以降はやや退屈だった。

さまよえるユダヤ人〈上巻〉 (角川文庫)

さまよえるユダヤ人〈上巻〉 (角川文庫)

さまよえるユダヤ人〈下巻〉 (角川文庫)

さまよえるユダヤ人〈下巻〉 (角川文庫)

『パリの秘密』の社会史―ウージェーヌ・シューと新聞小説の時代

『パリの秘密』の社会史―ウージェーヌ・シューと新聞小説の時代