最近読んだ本と観た映画

ここ最近の猛暑ですっかりバテてしまい、本や映画の感想を書く作業もすっかり滞ってしまった。とりあえず、ここ一週間くらいで読んだ本と観た映画のリストだけでも。


【読書】
ジム・トンプスン『内なる殺人者』河出文庫
フィリップ・K・ディック『高い城の男』ハヤカワ文庫
フィリップ・K・ディック『最後から二番目の真実』創元SF文庫
藤村信『夜と霧の人間劇 バルビイ裁判のなかのフランス』岩波書店


『高い城の男』は評判通りの面白さ。昔読んだディック作品を読み返したくなった。『夜と霧の人間劇』は、この前の記事で書いた『オラドゥール 大虐殺の謎』に関連して読んだ本。


【映画】
ぼくのエリ 200歳の少女
ハングオーバー!消えた花ムコと最上最悪の二日酔い』
石井輝男 怒濤の30本勝負!『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』『肉体女優殺し 五人の犯罪者』


『ぼくのエリ』は思わぬ発見。でも、できれば真冬に観たかった。シネマヴェーラで先月末から始まった「石井輝男 怒濤の30本勝負!」、よくぞやってくれたという感じのラインナップ。

ロビン・マックネス『オラドゥール―大虐殺の謎』小学館文庫

 1944年6月10日、フランス中南部の小さな村オラドゥールで、ナチス親衛隊(SS)による大規模な虐殺事件が起こった。村人642人が殺され、生き残ったのはわずか数人。男は納屋に、女子供は教会にそれぞれ押し込められ、機銃の一斉射撃を浴び、火を点けられ、手榴弾を投げ込まれた。村人を虐殺したSSは、村を徹底的に破壊してから立ち去った。何の変哲もない、小さな村がこのような悲劇の舞台になった理由については、レジスタンス掃討作戦に手を焼いていたナチスによる示威行為、あるいはSS少佐の誘拐事件に対する報復とも言われているが、正確なところは不明のままだ。本書は、その真相に迫ろうとしたものである。
 著者は、スイスで投資顧問会社を経営していた英国人。彼はある人物から金塊の運搬を依頼されるのだが、その金塊にはRB(ドイツ帝国銀行)の刻印があった。依頼者は、かつて対独レジスタンス活動に従事していたとき、この金塊を手に入れたというのである。結局、著者は、金塊の運搬中にフランス税関吏に逮捕され、投獄されてしまうのだが、この仕事に関わったことがきっかけで、虐殺事件についての調査を始める。
 オラドゥールの虐殺事件には、いくつかの不可解なことがある。通常、レジスタンスに対する報復作戦の場合、ナチス心理的効果を狙って、その情報を公開していた。しかしオラドゥールの事件では、事件直後から、情報が徹底して隠されてきた。また、いくらSSと言えども、この事件の残虐性は尋常ではない。オラドゥールの虐殺事件の裏には、何か特殊な事情が絡んでいると、推測されるのである。
 著者の推理では、自分の運ぼうとした金塊が、まさに虐殺事件の原因となっているという。つまり、金塊をレジスタンスに奪われたSSの将校たちは、地理的な位置関係からオラドゥールに金塊が運ばれたと思い、金塊を取り戻そうと、この村を襲撃したというのである。事件が起きた1944年6月10日は、連合軍がノルマンディーに上陸した4日後にあたる。虐殺事件を起こしたSS部隊も、ノルマンディーに向かうよう指示されていた。そのため、金塊の捜索にあてられる時間は少ない。しかも、オラドゥールを襲撃する理由について、将校たちは兵士に真相を話すことはできない。そのような状況が重なり、あのようなむごたらしい事件が起きたというのである。
 著者の説を信じるかどうかは読み手次第だが、本書を読むと、この事件は、その謎がたとえ解決されたとしても、それだけではすまない問題であることがわかる。なぜなら、オラドゥールの事件の真相を探ろうとすれば、占領下のフランスにおける対独協力の問題と向き合わなければならないからだ。
 オラドゥールの虐殺事件には、民兵団=ミリスと呼ばれる組織の構成員が、案内役として立ち会っていた(事件後、SSに殺される)。民兵団は、フランスの右翼運動家を中心に構成された組織で、「フランスのSS」ともいわれ、レジスタンスの弾圧、ユダヤ人、共産主義者狩りなどに従事していた。また、虐殺を行ったSS部隊には、アルザス地方出身の兵士も含まれていた。アルザス地方は、中世以来、フランスとドイツの間で争奪戦が繰り広げられてきた地域で、1940年にフランスがドイツに降伏してからは、ドイツに編入され、ドイツ化が進められてきた。
 本書のエピローグにも書かれているが、虐殺に関わったアルザス出身の兵士たちをどう考えるかは難しい問題だ。オラドゥールの村人からすれば、アルザスの兵士は自分たちの親戚や友人の仇である。一方、アルザスの兵士にすれば、ドイツ軍の命令に従うほかに選択肢はなかった。そうしなければ自分たちの身が危ない。そもそも、フランスが敗北したために、自分たちはドイツ軍の兵士として徴集される羽目になったのだ…。
 虐殺事件をめぐる戦後の裁判で、アルザス人の元兵士たちには、有罪の判決が下るものの、その直後、特別の大赦法によって釈放される。それに対し、オラドゥール側は猛烈に反発し、国家とのあらゆる関係を断絶すると宣言する…。
 オラドゥールの村は、ナチスの残虐行為を記憶に留めるため、当時の姿のままで保存されている。この事件から教えられることは多い。

オラドゥール 大虐殺の謎 (小学館文庫)

オラドゥール 大虐殺の謎 (小学館文庫)

マルセル・パニョル『鉄仮面の秘密』評論社

 ボアゴベ『鉄仮面』、久生十蘭『眞説・鐵仮面』を読んだら、史実としての鉄仮面はどうだったのかが気になり、本書を読んでみた。著者のマルセル・パニョル(1895〜1974)はフランスの小説家、劇作家、映画作家である。鉄仮面の謎に関しては、ハリー・トンプソン『鉄仮面―歴史に封印された男』という本もあるようだが、こちらはまだ入手していない。
 鉄仮面については多くの研究書が書かれているが、その正体として有力視されているのが、イタリアの外交官マティオリ伯と、ルイ14世の幼馴染みの兄弟であるドージェという人物のふたりだという。パニョルはこのふたつの説を否定し、鉄仮面はルイ14世の双子の兄弟であったとする。パニョルによれば、ドージェは、鉄仮面となる男が逮捕されたときには、すでに拘禁中の身であり、マティオリも逮捕された年代や死亡した年代が、鉄仮面のそれと合わないなど、疑わしい点が数々あるという。その上で、ルー・ド・マルスィイが計画したフランス打倒の陰謀に加担して逮捕された、ジェームズ・ド・ラ・クローシュというジャージー島の貴族が、実はルイ14世の双子の兄弟であり、この男こそが鉄仮面の正体だとしている。
 ちなみに、私は読んだことがないのだが、藤本ひとみの『ブルボンの封印』は、鉄仮面=ルイ14世の双子説をベースにしている(らしい)。その後、『ブルボンの封印』は宝塚によって舞台化され、漫画にもなっている。宝塚が舞台にしたのは1993年だが、黒岩涙香の翻案『鉄仮面』が出たのは1893年だから、ちょうど100年前のこと。なんとも不思議なめぐりあわせという気がする。
 パニョルの本に戻ると、ルイ14世の双子説というのが一番納得できるような気はする。しかしそれを裏付けるための資料、とりわけ鉄仮面に深く関わっていた陸軍大臣ルーヴォアの書簡については残っていないものが多いので、どうしても推測に頼る部分が出てきてしまう。結局、鉄仮面の正体は永遠に解けない謎なのだろうか。

『鉄仮面』の秘密 (1976年)

『鉄仮面』の秘密 (1976年)

三島由紀夫『わが友ヒットラー』

 久しぶりの観劇。下北沢のザ・スズナリで、三島由紀夫の『わが友ヒットラー』を観る。演出は旧東独出身のペーター・ゲスナー。なかなか上演されない作品らしく、私も舞台で観るのは初めてだった。
 作品そのものはずいぶん昔に読んだことがある。登場人物は男四人で、派手な展開はなく、ひたすら台詞だけで進んでいく。観る側もかなりの集中力を要求される作品だろうと覚悟していったのだが、上演時間の二時間半はあっという間に感じられた。やっぱりお芝居はいいなあと、思わせる舞台だった。
 コミカルな要素も加えられてはいたが、全体としては作品に真っ向から挑むような演出。しかも二時間半という長尺で、観客を飽きさせずに最後まで持っていくのはなかなか大変だったはずだ。演出家、役者とも相当な技量がなければ、途中でだれてしまったと思う。
 舞台のあとは下北沢の古本屋めぐり。ザ・スズナリの近くにある「古書ビビビ」、「ほん吉」、南口商店街の「幻游社」をまわる。購入した本は以下の通り。


古書ビビビ
ジェラール・ド・ネルヴァル『阿呆の王』思潮社(1,000円)
江戸川乱歩『悪魔の紋章』春陽堂江戸川乱歩文庫(280円)


「ほん吉」
斎藤真一『瞽女=盲目の旅芸人』日本放送出版協会(525円)
フィリップ・K・ディック『高い城の男』ハヤカワ文庫(250円)
安部公房『R62号の発明・鉛の卵』新潮文庫(250円)
澁澤龍彦『犬狼都市』福武文庫(200円)


「幻游社」
『世界文学全集・ドイツ浪漫派』河出書房(100円)
チェーホフ桜の園・三人姉妹』(100円)


久生十蘭『久生十蘭ジュラネスク―珠玉傑作集』河出文庫

 久生十蘭の再評価の気運が高まっているのだろうか。一昨年から国書刊行会の全集の刊行が始まっており、昨年には岩波文庫から短編集が出た。そして、今年は河出文庫にも短編集が入った。久生十蘭は、没後十年ほどたった1970年前後から最初の再評価が始まり、三一書房の全集や社会思想社の傑作選などが相次いで出版された。そして、それからさらに30年以上経って、今回のちょっとした出版ラッシュがあるわけだ。
 私は、ちくま文庫の「怪奇探偵小説傑作選」シリーズで初めて久生十蘭の作品を読んだので、ミステリー作家の印象が強かったのだが、作品全体に占める探偵小説の割合は三割くらいらしい。久生十蘭は、探偵小説以外に、時代小説、現代小説、歴史小説、ユーモア小説と様々なジャンルの小説を手がけており、この河出文庫の短編集にも、多種多様な傾向の作品が収められている。これほど幅の広いジャンルで書ける作家は、そうそういないのではないだろうか。今回、『久生十蘭ジュラネスク』を読んで、改めてそう思った。

久生十蘭ジュラネスク---珠玉傑作集 (河出文庫)

久生十蘭ジュラネスク---珠玉傑作集 (河出文庫)

川北稔『砂糖の世界史』岩波ジュニア新書

 著者はウォーラーステイン『近代世界システム』の訳者。本書も「世界システム論」的な歴史の見方がベースになっている。
 本書によれば、砂糖がイギリスで大量に消費されるようになったのは、17世紀半ばのことだそうだ。その背景には、上流市民に独占されていた紅茶を飲む習慣が中流市民にも普及したことがある。紅茶を飲む習慣が広がるにつれ、それに入れる砂糖の需要も高まったのである。
 もちろんイギリスでは砂糖を生産できないため、輸入するしかない。そこで、カリブ海には砂糖のプランテーションが作られ、労働力としてアフリカから黒人奴隷が連れてこられる。この黒人奴隷の労働の結果、イギリスの中流市民は、紅茶に砂糖を入れて飲むことができるわけだ。
 本書に紹介されている18世紀のイギリス人の歴史家の言葉が印象的だ。

「われわれイギリス人は、世界の商業・金融上、きわめて有利な地位にいるために、地球の東の端から持ち込まれた茶に、西の端のカリブ海からもたらされる砂糖を入れて飲むとしても、なお、国産のビールより安上がりになっているのだ」(89-90頁)

 驚いたのは、砂糖を入れた紅茶を飲む習慣が、19世紀には都市の労働者にも広まっていたということだ。労働者にとって、カフェインを含む紅茶と高カロリーの砂糖は、欠かすことのできないエネルギー源だったのである。ここに見出されるのは、カリブ海やインドのプランテーションで、安い労働力を使って生産された砂糖と茶が、産業革命の最底辺に位置するイギリスの都市労働者を支えていたという構図だ。現在のグローバル化の進んだ世界では、われわれの身の回りの多くのものが、外国の安い労働力を使って生産されているが、このような現象はすでに数百年前から起きていたのである。
 『砂糖の世界史』は「岩波ジュニア新書」のシリーズとして書かれているので、難解な専門用語も出てこず、すらすらと読んでいける。しかし内容は深い。本書を高校生だけに読ませておくのはもったいない。

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

『百物語怪談会(文豪怪談傑作選・特別篇)』ちくま文庫

 明治の文化人による怪談会の実録集。明治42年(1909年)に刊行された『怪談会』と、文芸誌「新小説」の明治44年(1911年)十二月号に掲載された特集企画「怪談百物語」を併せて収録している。裏表紙の内容紹介によれば、明治の末、「開化思想への反発と泰西心理学の影響下に高まりゆく「怪談復興」の大波は、文壇画壇へと波及し、名だたる文人墨客を集めた百物語怪談会が、幾度となく開催されていた」とのこと。
 数十の話が収められているが、一番多い話のパターンは、遠いところの親戚や知人がふと訪ねてきたので不思議に思っていたところ、あとで、その人物がちょうどその時刻に亡くなっていたことを知る、というもの。
 全体的に、背筋が凍るような恐ろしい話は少ないが、なかにはこんなものもある。ある武家の次男が嫁をもらったが、その嫁が病弱だったため、姑の強い望みで離縁し、実家に送り返した。その女はまもなく亡くなり、武家の次男は後妻をもらった。しかしその後妻も病気がちになる。市巫の言うには、先妻の祟りだという。やがて侍女に先妻の霊が乗り移り、「おすみ様[=後妻]をとり殺しておやんなさい」と狂ったように叫び出す。後妻も鼻からだらだらと血を流したり、皺だらけの老人のような赤ん坊を出産したりして、やがて亡くなってしまう。そして、姑も気が狂って死んでしまう(鰭崎英朋談「九畳敷」)。
 大抵の話が、4〜5ページくらいで終わるので、電車のなかで読むのに丁度いい。

百物語怪談会―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)

百物語怪談会―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)