種村季弘『食物漫遊記』ちくま文庫

 種村季弘による食物をめぐるエッセイ集。でも、あれが美味かった、これが美味かったというようなグルメ本ではない。そこはさすが種村季弘という感じで、ひとひねりもふたひねりもしてある。
 たとえば「画餅を食う話」では、アパートに屯ろする学生仲間が、ひとりずつ向かいにある料理学校の見本食食べ放題というイベントに偵察へ行く。そして、帰ってきて仲間たちに、ああだこうだと報告をするのだが、実際彼らは何も食べていない。料理学校に行っても、いたたまれなくなってすごすごと退散してしまう。学生たちは想像力を駆使して、料理をでっち上げているのである。
 文庫版の解説で吉行淳之介が書いているように、『食物漫遊記』の多くは「幻に辿り着く話」だ。あけすけに言ってしまえば、食物をめぐる嘘。

私は真理を語るよりも嘘つきのほうを愛する。嘘つきも、用心深い嘘つきより軽率な嘘つきのほうがいい。その軽率さは、彼が読者を愛しているしるしでもある。

 これは本文のなかに引用されている林語堂の本の一節だが、『食物漫遊記』、あるいは種村季弘の著作全体の本質をうまく言い表しているように思う。物書きたるもの嘘をついてナンボのものなのだ。

食物漫遊記 (ちくま文庫)

食物漫遊記 (ちくま文庫)