ダニエル・T・マックス『眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎』紀伊國屋書店

Daniel T. Max, The Family that couldn't sleep.


 著者は十八世紀のヴェネチアから話を始める。この地に住むある医師が不眠症に陥り、発汗や体の震えなどの症状に悩まされて亡くなる。そして、この医師の甥と思われる人物およびその家族もまた、同じような死に方をする。彼らの死の原因となったのは致死性家族性不眠症FFI)という病気で、低年齢で発症すると精神異常を、高年齢だと不眠症をもたらす。FFIの父親か母親を持つ人は五割の確率でこの病気に罹り、今でも、この「眠れない一族」はFFIに悩まされている。
 FFIプリオン病の一種で、異常をきたしたタンパク質が引き起こす。著者はヴェネチアの一族に続いて、スクレイピー(羊の病気)、クールー病パプアニューギニアの未開部族が罹患)、BSE狂牛病)など、他のプリオン病の事例を掘り下げながら、プリオンの謎に迫っていく。しかしプリオンについてはわからないことが多い。ひとつ言えるのは、スクレイピーなどの病気は、人間が家畜にほどこした品種改良が原因かもしれないということだ。生産性の高い羊や牛を作り出すために行った過度な交配や給餌法の変更など、人間の工夫が自然の摂理を無視したものであったために、病気を招いたというのである。であれば、人間が罹るプリオン病の原因は何かということで、80万年前の食人習慣までたどられることになる。
 久々に読んだサイエンスものだったが、私のような文系人間にとっても興味深い内容だった。過度に専門的な領域に踏み込んでいないため、知識がなくても読みやすい。プリオン病研究の舞台裏も書かれていて、読んでいて飽きない。

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎